「いいじゃん、双子座なんでしょう?別に不思議じゃないよ」
名は体を表すとはよく言うけれど、星座も体を表しているように感じる。
星座というものを初めて意識したのは確か小学生の頃だったと思う。朝ごはんを食べながら見ていたテレビに映るキャスターのお姉さんが、その日最も運勢の良い星座とラッキーアイテムやらラッキーカラーやらを紹介していた。誕生日ごとに星座というのが決まっているらしい。早速、母親に尋ねたところ「双子座」だった。この「双子座」というコードは、長い間、血液型や干支に並んで占いの時に“自分の運勢”を把握する道具にしかすぎなかった。
小さな頃から大きな決断をしなければいけない状況で思い悩むことが多かった。自分の思いはAだけれど、周囲の人たちのことを考慮するとBがいいかもしれない。いや、長い目で考えるとCという選択をするのが賢いのか?そんなことをグルグルと思考していると、なかなかひとつに決められない。
そんな性格を知ってか知らずか、ある日友人がかけてくれたのが冒頭の言葉。一卵性双生児だって感性が違ったり、見方が違ったりするもの。色々な多様な視点から同時に物事を見られるということは、双子座という星の下に生まれた者の特性であり、運命でもあるという。
他人と視点が違っているからズレているというわけではなくて、様々な視座から物事を多角的にみられるということを強みにして生きていけば良いのだと、文字通り「腹落ち」した瞬間だった。以来、他の人たちと異なる視座で物事を捉えるという自分の特性は強みになり、誇らしくもなった。
(Tomoya)