Long Love Letter

暖かくなったり寒くなったりをくり返して、また、新しい季節がやってきます。

冬のあいだは、なんとなく澱んでいた葉山の海も、今は命で煌めいています。
桜の花は、新しく旅立つ者たちを祝福しているかのように、めいいっぱいに花開いています。

儚く、空の青が透けてみえてしまいそうな薄桃色の桜の、小さな花弁をみていると、私は、自分が今まで拝見してきた患者さんたちのことを想い出します。

私たちは科学者です。

私たちは長い年月をかけて、非常に厳格に、科学者とはどうあるべきかを学ばされ、育てられます。
自分の患者と、個人的な親しい関係になることは、医学界のタブーであり、そういった意味で私たちは、ひとの命に関わりながらも、哀しく、よるべない身の上だと私は思っています。

でも、私は
今までの人生で、何度かぼんやりと経験しただけの、名前のつけられない激しい渇望の正体を、最近はっきりと自覚するようになってきました。

この季節がやってくる度、私はくり返し思い出します。

ずっと背負っていた荷物をやっと下ろしたあのひと。
気の遠くなるような長い道のりを経て、就職が決まったと泣きながら外来を訪れた美しいあのひと。
恋人ができました、と、恥ずかしそうに報告に来てくれたあのこ。
余命いくばくもないけれど、最期の一瞬まで自分の人生を生きたいと呟いたあのひと。

思いを馳せます。
これはもう、恋に近いのかもしれないとも思います。

私たちは、専門家としてではなく、ひとりの人間として彼らを想うことも、許されないのでしょうか。
私は不謹慎な人間でしょうか。
科学者は、快楽を求めてはいけないでしょうか。

15年の医者人生のなかで、患者さんたちからいただいた手紙は、ぜんぶぜんぶ、手元に大切にとっておいてあります。でも今まで、返事を書くことは一度もありませんでした。

お元気ですか。
どうしていますか。
今、幸せですか。
私は、今でも
変わらずあなたのことを、想っています。

封筒を持つ手は少し汗ばんでいました。
私は思い切って、それをポストに投げ入れました。

(Maiko)